押す文化の中国、引く文化の日本

こんにちは!kammyです。

中国は「押す文化」、日本は「引く文化」だなと、ふとした瞬間に思いました。

自己主張する文化と、遠慮やおとなしさに重きが置かれる文化、といってもいいかもしれません。

ある日、日本でのこと。

隣人さんから枝葉を切ってほしいと言われたことがあります。

ちょっとした怪我をしてしまったらしく、落ち葉掃除がたいへんだから、というような理由でした。相手は85歳のおばあちゃん。

隣人「ごめんなさいね、無理なこと言って~!」

私「いえいえ、こちらこそごめんなさい、葉っぱがたくさん落ちてご迷惑おかけします」(一歩下がる)

隣人「いえいえ、こちらこそ無理なお願いしてごめんなさいね」(一歩下がる)

私「いえいえ、お体悪いのに、申し訳ないです」(一歩下がる)

こんな感じで、お互いになぜか謝りながら、一歩一歩じりじりと下がりながら話が進み、話し終わるころには、最初にいた位置から1mぐらい後ろに立っていました(笑)

「ごめんなさい」や「申し訳ない」といった言葉が自然に出てきて、頭を下げながら、少しずつ後ろに下がっていくような感じで会話が進む。

このじりじりと後ろに下がっていく自らの姿勢を思い出すと、少し笑ってしまうのですが、それで「引く文化」というの思ったのでした。

この一部始終を何も知らない外国人が見てたら、どう思うでしょう?

常に一歩引くのが美徳とされる文化。

しかも、このおばあちゃん、最初はわざわざ手書きの手紙を書いてそのことを伝えてきたのです。

なんと奥ゆかしいっ!隣人にお願いするのに直接口頭で言うことが出過ぎたことだとはばかられてのことだろうと思います。

これが中国であれば、絶対にこうはならない。

まったく同じ状況になったことはないので、あくまで予想ですが、まず手書きの手紙はありえません(笑)

これこれこういう理由で枝葉が邪魔だから切ってくれる?という感じで話が進み、相手方がそれに納得すればただ枝葉が切られるだけだろうと思います。

「迷惑かけてごめんなさい」「こちらこそ無理言ってごめんなさい」というようなやりとりは発生せず、もっと話が枝葉を切ることに向けられるはずです。

知り合いであれば笑顔でお願いしたりはするし、「お手数かけます」ぐらいは言うと思いますが、頭を下げたり一歩一歩下がりながらの会話は想像できません。

重きが置かれるのは、なぜ切る必要があるのかと、なぜ相手にそれを切って欲しいのかという点をしっかりと明確に伝えること。

伝えたいことを相手側に「押す」イメージでしょうか。

中国では情報は相手や行間から「読む」ものではなく、常に「発信」することに重要性が置かれるのです。

最終的に枝葉が切られるとしても、そこまでのプロセスは日本と中国でまったく違うことに気づいた時、今更ながら軽い衝撃を受けたのでした。

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