中国人と日本人の根本的な違い:結果主義と規範主義ーその2

中国の車のフロントガラスに貼られた連絡先


こんにちは!kammyです。

「中国人と日本人の根本的な違い:結果主義と規範主義」の続きになります。

お皿の無秩序な片付け方をきっかけとして、中国人と日本人の考え方の違いを考えてみよう、というのがテーマ。

その違いは、「結果主義」の中国、「規範主義」の日本と分類されるのではないか、というのが前回までのあらすじです。

机の上に土足であがってしまうのも、そんな「結果主義」の現れなのではないか、ということも紹介しました。

安定した社会をうむ規範主義

現実的な帰結=最終的な結果に重点を置く中国人の「結果主義」は、決められた共通のルールに重点を置く日本人の「規範主義」とは相反する考え方です。

別の言い方をすれば、中国人の頭のなかには、日本人が持っているような規範=決まり=理想がはじめから存在しません。

だからこそ、「結果」から考えるしかすべがないとも言えます。

たとえば、Aの状態のものをBという状態にするのに、日本人は「共通の規範」というフィルターを通します。

その共通のフィルターのせいで、Bという結果のためにとられる手段や方法は、かなり安定した予測可能なものになりやすい。

日本社会が全体としてさまざまな意味で「安定していて」「静かな」印象があるのは、このことが関係しているのかもしれません。

しかし一方で、中国人には共通のフィルターが存在しないので、Bという結果の達成だけを考えて行動します。

そのため、AからBまでの道筋や方法は不安定でバラバラになりがちです。

規範というフィルターを通さないので、個人個人によってその手段や方法が極端になることもありうるからです。

自由といえば自由。無秩序といえば無秩序です。

中国関連のニュースを気にして観察している人は、全体として中国が「賑やか」な国という印象があるのではないでしょうか。

もちろん「バリエーションに富んでいる」という意味での「賑やかさ」です。

人口が多いことも関係はしていると思いますが、それと同じくらい「規範というフィルター」が存在しない自由さ・無秩序さが影響しているのではないかと思っています。

一方で、日本人にとっては、この無秩序さは「手段を選ばない」「品がない」といった中国人へのネガティヴな評価につながることがあります。

がさつなお皿の片付け方を知って、条件反射的に「品がないなぁ」と感じた人も多いと思います。

「品がない」というのは「共通の決まりを守っていない」という意味にも置き換えられます。

もしくは「ある“べき”理想に近い」ことを「品がある」と表現するように、「品」の有無は、「決まり(=べき)」の有無に関係しています。

また、「手段を選ばない」という表現も似たようなもので、「手段」は、よくよく考えれば「共通の規範」のことを意味しています。

中国人には、日本人が共通して持っているような規範が少ないのですから、「手段を選ばない」と評価されても当然といえば当然です。

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青いキリンのジョーク

「青いキリン」というジョーク話があります。

ある大富豪が

「青いキリンを持ってきたものに莫大な富を与える」

と言ったときに、各国人がどのような反応をするか、というジョークです。

中国人はどういう反応をすると思いますか?

もしくは日本人はどういう行動をとると思いますか?

答えはこうです。

イギリス人は、そんな生物が本当にいるのかどうか、徹底的に議論を重ねた。

ドイツ人は、そんな生物が本当にいるのかどうか、図書館に行って文献を調べた。

アメリカ人は、軍を出動させ、世界中に派遣して探し回った。

日本人は、品種改良の研究を昼夜問わず重ねて、青いキリンをつくった。

中国人は青いペンキを買いに行った。

これは早坂隆『中国人vs日本人』という本に紹介されていたジョークです。

その答えを読んだときに、「中国人って品がないなぁ、手段を選ばないよなぁ」と思う人も多いのではないでしょうか。

ちなみに、このジョークを知らない妻(中国人)に聞いたところ、一番最初に思いついたのは、まさにジョークに出てくる中国人の回答でした。

私も一番最初に思いついたのは、ジョークのなかの日本人の回答。

まさに典型的日本人(笑)

このジョークだけに限らず、概して中国人がとる方法ややり方は、日本人にとっては「下品」に映ることが多いのです。

もうこれは仕方がないといえば仕方がない。

でも、考え方の違いがあるという事実を知るだけでも、多少違った見え方になるのではないかと思います。

では、中国人はその「結果」さえよければよいのでしょうか?

現実的な結果のみを目指して完全に合理的に動くのであれば、まさに「本当に手段を選ばない」のでしょうか?

どうもそうではないようなのです。

他の例で、この違いをもう少し詳しくみてみたいと思います。

車のフロントガラスに残す電話番号

そこで、この日中の違いをまた違う例から詳しくみてみましょう。

前回までと同様ですが、日本人がどう考えるかも詳しくみていきます。

「そんなこと分かってるよ」と感じるようなことも言葉に表すことで、中国人との違いがより浮き彫りになって見えるからです。

さて、先日このブログでも紹介したのですが、中国では停車・駐車中の車のフロントガラスに、携帯番号が貼られていることがよくあります。→「中国の車にQRコードが貼られる未来とその理由」

これは駐車する場所がどうしても見つからないときに、他人の車を遮るかたちで停める際、「もし移動する必要があるときには、ここに連絡してください」という張り紙なのです。

ただ、携帯番号がさらされることになるので、本来であれば中国人でもできるだけ避けたいわけです。

それで、電子決済アプリの支付宝が、携帯番号をQRコードで示せるような機能を開始している、ということを紹介しました。

こうした機能が出るくらいなので、携帯番号をフロントガラスに残すことは中国では一般的なことです。

もし、日本人が同じ状況に陥ったら、つまり駐車スペースがどうしても見つからなかったら、どのように対応するでしょうか?

一般的な日本人であれば、携帯番号をフロントガラスに残す、ということはしないはずです。

なぜでしょう?

「その車のオーナーに電話をさせることになるわけだから、それは迷惑だ。そういう迷惑をかけてはいけないから、他の場所を探そう」

「そもそも他人の出庫をさえぎるようなところに駐車することは、もともと駐車スペースとして定められていない場所に停めることになるからするべきではない」

細部の違いはあるものの、日本人として考えるのはこんな感じでしょうか。

大前提として、駐車スペースとして定められていないところに停めるのはよくないという“決まり”があります。

もちろん中国でもそう考えられてはいるのですが、日本人ほど厳密にそれを守ろうという意識が働きません。

さらに大きな違いは、日本人的感覚では、「他人に電話をかけさせる」という行為が「迷惑をかける」という範疇にすっぽり入るはずです。

「他人に迷惑をかけてはいけない」という規範は、日本人が最重要視するルールのひとつ。

その結果、「とりあえず駐車しない」「どうにか他の場所を探す」という選択をすることになります。

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「迷惑」なのは、電話番号を残さずに停めること

中国の車のフロントガラスに貼られた連絡先

中国の車のフロントガラスには連絡先が書かれた紙が置かれていることが多い

同じ状況で、もちろん中国人も「他人に迷惑をかけてはいけない」と考えます。

ただ、中国人は、日本人と同じようには考えません。

駐車すること自体を「迷惑」と考える人は少ないのです。

「連絡先を残さずに駐車すること」、つまり「他人が出庫したいときにそれが完全に出来ないようにすること」を「迷惑」と考えることが多いのです。

中国人もある意味、日本人と同じように「他人に迷惑をかけてはいけない」と考えてはいます。

ただその「遵守の度合い」が日本人とは異なるのです。

あるいは、「迷惑」の「度合い」を現実的に換算して答えを出している、とも言えます。

日本人は、決まりがあったら何がなんでも100%それを死守しなければならないと考える傾向があります。

時には自分の利益を犠牲にしてでも規範に従わなければならないとまで考えることもあるほどです。

ダメなものは絶対ダメという「原則論」「そもそも論」が大好きなのです。

このあたりは、何をやっても「○○道」というカタチにまで昇華させてしまう日本人の気質とも合致します。

一方で、中国人にも日本人と似たような規範は存在します。

繰り返しにはなりますが、「他人に迷惑をかけてはいけない」と中国人が考えないわけではないのです。

ただ、「迷惑」の範囲にはかなりの自由度があって、その裁量が個人に委ねられています。

「迷惑」の現実的な「度合い」を、柔軟に判断するのです。

「駐車したい」もしくは「駐車しなければならない」という自分の希望と、「他人が出庫したいときに出られなくなるという迷惑はかけてはいけない」という規範のあいだで、バランスをとろうとします。

どの程度の「迷惑」であれば妥当か、現実的・理性的に考えた結果として、「連絡先を残して何かあったら連絡してもらう」という選択を多くの中国人がしているのです。

電話番号を残しても100%かかってくるわけでもありません。

もしかしたら、自分のほうが先に出庫するかもしれず、それだったらとにかくまず停めてみた方がいい。でも何かあったら困るから連絡先は残しておこう・・・。

こうした「思考」は、頭のなかで明確に言葉にされているわけではありません。

条件反射的にそうした考えになるよう子どもの頃から訓練されています。

だから普段、意識にあがることはないはずです。

無意識に近いかたちで、「連絡先を残して何かあったら動かす意思があることを伝えておく」という行動を選んでいるわけです。

日本人も同じように無意識に近いかたちで、「ここに停めてはいけない」と判断して、「どうにか別の駐車スペースを探す」ことになります。

人によって「正解」が違うこともある

中国人は、現実的な「結果の度合い」にあわせて臨機応変に判断する・・・。

だから、こう言うこともできると思います。

どの程度の「迷惑」を「他人への迷惑」と考えるかが、個人個人によって違うので、状況や人によって「正解」も違ってきます。

極端な話をすれば、日本人と同じように、他人に電話をかけさせることを「迷惑」と考える中国人もー相当な少数派だと思いますがー存在するかもしれません。

また逆に連絡先を残さなくても、少しの間しか駐車しないなら相手が出庫できなくても「迷惑」には入らないと考えて、連絡先を残さない中国人もいるかもしれません。

ただ平均的な中国人としては、「連絡先を残さずに車を停めるのはさすがにまずい、ただ電話を1本かけさせるくらいは迷惑には値しない」と考えているということです。

(※連絡先を残さないと、車に何をされるか分からないという自己防衛的な理由があることも一応記しておきます)

中国人は「手段を選ばない」わけではなく、別の基準で「手段を選んでいる」のです。

・・・続く(→中国人が「結果主義」である理由

 

なお、中国人の性格全般については「中国人の性格の特徴」でまとめていますので、あわせてご覧ください!

中国人の性格はどんな特徴があるか【まとめ】

2018.09.24



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